ある日の雪山で
嵐が去った日曜日の朝、風もなく真っ青な空の下、雪の感触を確かめながら登っていく。
快晴が約束された今日は多くの登山者が登っている。
すでにトレースができ、トップの登山者はもう稜線に出るところだ。
今週は仕事が忙しく、いつもの仲間に声をかけられなかった。
会社帰り、天気アプリは日曜日の好天を告げていた。
駐車場につくまで、ソロのせいか少し緊張していた。
登りはじめれば、前も後ろも多くの登山者が登っている。
少しほっとして順調に高度を稼いでいく。
尾根を詰め、夏道通りに進むトレースを追う。
あと少しで稜線だ。
キリッとした冷たい風の中にも太陽の暖かさを感じる。
ここまで斜度も緩く、ピッケルを出すこともなく、
トレッキングポールでリズムよく登ってきた。
斜面に足を踏み出す。
「グフッ」という低い音と共に雪面に「パッ」と蜘蛛の巣のようなクラックが走る。
「なに?」途端に足元の雪面が動き出す。
「雪崩だ!」ガラスのように割れて動く雪面に足をすくわれ、尻もちをつく。
ゆっくり動きはじめた雪面は急速にスピードを増し、あっという間にジェットコースターのような速さになる。
「やばい!やばい!やばい!」
「どうすればいい?」
「そうだ泳ぐんだ!」
と思った瞬間「ドンッ!」と背中を飛び蹴りされたような強烈な衝撃と共に投げ飛ばされた。
コインランドリーのドラムに放り込まれた洗濯物のようにもみくちゃにされる。
帽子やサングラスは吹き飛ばされてしまった。
目の前は明るいが、顔の上を雪がものすごい勢いで流れていく。
「泳ぐなんてできないじゃないか!」
苛立ちとも怒りともつかない感情が溢れ出す。
鼻や口に粉のような雪が情け容赦なく入ってくる。
「お願いだ!止まれ!止まってくれ!」
トレッキングポールのストラップに通した手が引っ張られ捻じり上げられる。
「ブチブチッ!!!」肩と肘に音が響く。
激痛が走るが、なすすべもない。
スピードが落ちてきた。
上を向いているのか下を向いているのか分からない。
「止まった!」
さっきまで粉のようだった雪が今度は「ギューッッ」と締め付けてくる。
「息ができない!」
「口を覆わなきゃ!」
しかし、トレッキングポールが重くて手が全く動かない。
足も動かない。
「ビーコンはつけている、誰か、助けて・・・・・・・・・・苦しい」。
意識が遠のく・・・・・・・・・・。
遠くで声が聞こえる・・・「スリーゼロ!」・・・・・・・・
何かが当たる。
「ヒット!」「深さ40cm!」声が聞こえる。
突然、目の前が明るくなった。
「大丈夫ですか!判りますか!」
ゆっくりと目を開く。
「すぐ掘り出す!頑張れ!」・・・・・・・・
ヘリコプターの風が凄い。
再び意識は遠のき、次に気がついた時は病院のベッドの上だった。
テーブルに置かれたスマートフォンに手を伸ばすとネットのニュースが目に入った。
雪崩事故
負傷者1名
死者1名
1名は雪崩ビーコンを所持していなかったと伝えていた。
スタッフが体験した雪崩直後の様子

雪山登山者が雪崩対策装備を携帯する必要性とは
雪崩の恐ろしさは理解されていても、助かる確率を高める雪崩対策装備の携帯は、雪山登山者の間でなかなか進んでいません。重量増の負担、価格面など様々な理由が考えられますが、ここではよく耳にする代表的な理由を挙げてみます。本当に不要なのでしょうか。
理由その1:スキーじゃないから不要
スキーヤーやスノーボーダーが好む谷筋や無立木の広い斜面など、明らかな雪崩地形には近づかないから雪崩装備は必要ないという意見があります。
実は、過去30年間の雪崩死亡者は登山者が最も多く、死亡者の48%を占めるという報告*があります。
*『雪崩事故事例集』日本雪崩ネットワーク/出川あずさ著 山と渓谷社刊による
スキーヤーやスノーボーダーに比べ、確かに登山者は雪崩リスクの少ない地形を行動することが多いのですが、どうしても雪崩リスクのある地形での行動も避けられません。例えば以下のような状況は考えられそうです。
尾根が斜面に切り替わった
雪庇を踏み抜いた
斜面上部の登山者が雪崩を誘発した
林道の側面が雪崩た
etc...
雪崩は斜度のある斜面であればどこでも起こる可能性があります。実際、思いもかけないような小さな斜面でも雪崩事故は起きています。
現代の科学では残念ながら雪崩を完全に予見することはできません。雪や気象、地形の多様性もあり、近い将来も難しそうです。そうなればやはり最悪の事態を想定した雪崩対策装備の携帯が必要だと思われます。
理由その2:レスキュー隊が救助してくれるから不要
警察の山岳救助隊や消防のレスキュー隊がヘリで救助してくれるから雪崩対策装備は必要ないう意見があります。
埋没後、救助までの間生存していられればよいのですが、現実には以下グラフのように雪崩埋没後15分〜18分を過ぎると生存率が急速に低下してしまいます。
Comparison of avalanche survival pattern in Canada and Switzerland Canadian Medical Association Journal
どんなに気象条件の良い日でも通報からヘリで現場へ到着、捜索、掘り出しまでの全てを18分で行うことは不可能でしょう。気象条件が悪ければヘリは飛ぶこともできません。
レスキュー隊を待つだけでは仲間の命を助けられません。仲間を救うにはあなたの持つ雪崩対策装備と救助活動がどうしても必要です。
理由その3:単独だから不要
いつも単独だから雪崩対策装備を携帯しても助けてもらえないし、助けるべき仲間もいないので、雪崩対策装備は必要ないという意見があります。
また、万が一の位置特定用として雪崩ビーコン(雪崩トランシーバー)は携帯するけど、プローブやショベルは持たないという考え方もあります。
雪崩を目撃し、飲み込まれた人を見た。
雪崩の走路上やデブリ上に人影はない。
周りに自分以外、誰もいない。
雪崩に飲まれた人は雪崩ビーコンを付けているかもしれない。
このような状況になった時、雪崩ビーコン、プローブ、ショベルが揃ってなければ目撃した埋没者を助けることはできません。また、以下のように自分が雪崩に巻き込まれた場合はどうでしょうか。
自分が雪崩に巻き込まれた。
周りには多くの登山者がいた、雪崩ビーコンを持っている人がいるかもしれない。
しかし、自分は雪崩ビーコンを付けていない。
この場合、プローブで捜索してもらうしか方法がありません。
そして自分が雪崩ビーコンだけを持っていても、巻き込まれた登山者の生存救出の可能性は大幅に低下してしまいます。下図はそれぞれの装備を携帯している場合別の掘り出しまでに要する時間です。
(1mの深さに埋没とする)
雪崩ビーコン、プローブ、ショベルの3つが揃った時だけ、生存の可能性が高い15分での掘り出しが可能になります。プローブが無い場合では26分かかり、プローブ、ショベルが無く雪崩ビーコンだけの場合では約1時間もかかってしまいます。
もし、雪崩ビーコンを持たずに埋没したら、周囲はプローブで捜索するしかありません。雪崩ビーコンだけ携帯していても掘り出しまで約1時間もかかります。プローブのみであれば所要時間はさらに大幅に増すでしょう。そして捜索してくれる方々に長時間の厳しい捜索と危険な状態を強いてしまいます。
雪崩対策装備を持つことで自分の命が助かる可能性が高まるだけでなく、雪崩に巻き込まれた方の命を助けられる可能性も高めます。さらに、捜索する方の危険も減らすことができます。
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