HANG RIGHT PART1:クライマーのための肩のメンテナンス法

2016.11.11

理学療法士のエスター・スミス女史は、ブラックダイヤモンド(以下BD)ブートキャンプに数日間参加。BDアスリートのバブシ・ツァンガール、ダイラ・オヘダ、コレット・マキナニーらがトレーニング期に入る前に故障のケアを行った。この記事では、バブシの治療プロセスに焦点をあてて紹介する。バブシの場合、肩の怪我がクライミング能力とトレーニング能力を制限してしまっていた。クライミング、ぶら下がり、その他トレーニングを行う際の最適な肩のポジションがどのようなものなのか、エスター女史がレクチャーする。


2016年2月、私はBDブートキャンプに理学療法士として招かれました。BDブートキャンプとは、BDプロクライミングチームのトレーニングプログラムです。サンディエゴにあるクライミングジムで3日間、女性アスリートのセラピーにあたりました。彼女たちがトレーニングサイクルに入る前に、故障を診てケアする役割です。ほとんどは些細な故障なのですが、3人ともなんらかの痛みを抱えており、ケアしていきました。

今回の記事では、クライミング、ぶら下がり、その他トレーニング中の痛みを和らげるために、私がバブシに伝えた最も重要な事柄をご紹介します。調べてみると、バブシの故障はよくありがちで厄介な、上腕二頭筋内部の腱炎だと思われました。まず最初に、“骨格組織に対して、岩が入った袋のように力を抜いてぶら下がること”は望ましくない、ということを認識してもらう必要がありました。 “力を抜いてぶら下がること”が彼女の肩の痛みの原因になっている可能性があることを説明し、“正しくぶら下がる”ことによって現在の怪我を治し、将来の怪我を予防できるかもしれない、ということを伝えました。

バブシが抱えていた問題は、私たち皆にとっても重要な問題です。肩関節を正常に保ちつつ(かつ痛みをなくしつつ)、ぶら下がった状態で “レスト” が可能な、肩の最適なポジションはどのようなものでしょうか。そしてまた、クライミング壁以外でのトレーニング(ハングボード含む)を行う際、バブシの肩を最適な位置にするため、どのように“矯正”すればいいのでしょうか。

Image:
Jon Glassberg

「肩の筋肉に力を入れず、骨にぶら下がるようにすれば、レスト時のエネルギーを節約できる」。多くの人がこのように教えられたことがあるでしょう。しかし、これは間違いです。何が間違っているかというと、人間の身体は、岩が入った袋のようにはできていないのです。力を抜いてぶら下がると、肩の骨と骨をつなぐ軟部組織は過度のストレスを受け、摩耗し引き裂かれていってしまいます。結果、内部で怪我が進行していってしまうのです。驚いたことに、エネルギーの節約を気にしなくてもいいとき、例えばハングボードや懸垂バーにぶら下がっているときでも、クライマーたちは力を抜いてぶら下がっています。

正常な筋肉が完全に緩みきることはありえません。また骨も、それに対応する軟部組織なしには動くことができません。確かに、力をぬいてぶら下がると、レストできているかのような錯覚に陥ります。しかし、そのとき肩の内側では、骨格を支えている組織そのものが傷ついてしまっているのです。力を抜いてぶら下がっているとき、私たちは間違った関節の使い方をしています。そして、それを直さないまま時間が経つと、怪我のリスクが上がってしまうのです。

バブシによると、肩の痛みはブートキャンプの数か月前から徐々に大きくなっていったそうです。なにかあるできごとがきっかけで、突然痛くなったわけではない。エクササイズやクライミングで、ある特定の肩の動かし方をすると、肩の前面に痛みが出る、ということでした。バブシのよう健康な人の場合、結合組織異常があるわけでもなく、痛みのきっかけになるような大きな怪我があったわけでもありません。ですから、このような肩関節組織のねじれを引き起こすような仕組みが発生していたに違いないと考えました。最も疑わしいのは身体構造でした。

バブシの登りやトレーニングを観察していると、彼女はクライミング中やハングボード中にレストするとき、やや“力を抜いて”ぶら下がっていることが分かりました。上腕がやや内側に回転し、肩甲骨も耳側にやや上がっていました。彼女は、肩帯の筋肉を使って、肩甲骨や脊椎に対して腕を適切な位置に収めることができていなかったのです。習慣的で、ほとんど気づかないような些細な動きのずれが、関節の間の組織を締め付け、肩につながっている上腕二頭筋腱を痛めていたことが分かりました。彼女の怪我は、酷使によるものではなく、誤った使い方によるものだったのです。力を抜いてぶら下がることが、どのレベルのクライマーにとっても有害であることは明らかです。バブシのような、信じられないほど強いベテランクライマーでさえも例外ではありません。

ぶら下がる時の肩のポジションを直すため、バブシはまず、痛みがなるべく出ないような方法でぶら下がったりクライミングしたりしました。それに加えて、壁を使わない強化トレーニング、柔軟体操や、手指を用いたいくつかのセラピーを行い、バブシの肩の痛みは徐々に減り始めました。強度の高いトレーニングサイクルに入っても、その傾向は続きました。彼女の身体構造が改善するにつれて、クライミングの調子も良くなっていきました。これは全て、痛みを気にせずに目一杯トレーニングできるようになったからです。バブシは、トレーニングサイクルの終わりに私のクリニックを訪れ、肩の痛みでクライミングやトレーニングを制限されることはもうなくなった、と伝えてくれました。肩を正常な状態に維持する正しい方法を理解し、次のプロジェクトに取り掛かる準備が整った、と感じてくれていたのです。

では、ここで使われた方法とはいったい何なのか?みなさん気になっていますよね。X線画像を使ったりせずに、実際に自分で最適な肩のポジションに矯正するには、どうすればいいのでしょうか?

ぶら下がった状態での最適な肩のポジションを実現させるためには、まず、自然な状態の腕関節のポジションについて知り、それがクライミング時やその他活動時にどのように見え、どのように感じるべきものなのかをしっかり理解する必要があります。

直立した姿勢で肩や腕が自然で安定した位置にあるとき、肩関節の骨結合部にスペースができている理想的な状態になります。これは、以下のように説明できます。

  1. 背筋が高く伸び、頭が前に出ていない(耳が肩の真上に位置し、顎が下がって引っ込んでいる)。
  2. 肩甲骨は広く平らに。肩の前面が背中側に引き寄せられるように(でも締め付け過ぎないように)、少しだけ筋肉に力を入れる。お尻と耳が垂直に一直線になるように立つ。
  3. 肘の内側が前を向くようにする(こうすると、肩の腱板の筋肉が、上腕骨を外側に回転させ、肩関節を整える働きをする)。両腕は身体の横に添える。
  4. 親指を一番前方にする(手の平が身体の側面に当たる位置)。

クライミング時のような、両腕を上げて肩の力を抜かない姿勢の際にも、上記の姿勢を当てはめることができます。以下のように行います。

  1. 両腕を頭上に上げ、手の平を下に向けた状態でうつ伏せになる。
  2. 肩をすくめるように肩甲骨を上げ、手を頭上の方向へできるだけ遠くまで伸ばす。このとき、手が床から離れないようにする。
  3. 手を床に付けたまま、上腕を外側に回転させ、肘の内側が天井の方を向くように力を入れる。
  4. 上述の腕のポジションを維持しながら、肩甲骨を徐々に、できる限り背中の下部へ移動させる。
  5. 最後に、手を握り、地面から離すように持ち上げる。このとき、手の平側を床に向け、肘はまっすぐの状態を維持する。
  6. この最終的な状態が、“正しくぶら下がっている状態”です。肩甲骨が胸郭にしっかりと押し付けられるよう、筋肉が動くのを感じるはずです。また、両脇の下でテニスボールを抑えながら持っているような感覚になるはずです(これは、腱板と肩甲帯の筋肉が正しく機能しているときに得られる感覚です)。

このような姿勢は、実際に両腕でぶら下がるときの姿勢にも適用できます。

正しくない肩の状態
Images:
Tommy Chandler
正しい肩の状態

上の「正しくない肩の状態」の写真では、非収縮性の組織(悪い姿勢をしたときに最もダメージを受ける箇所)に頼ってぶら下がっています。肩関節の位置が安定し、最適化するように筋肉が機能していません。

肩の力を抜いたレスト姿勢
肩の力を抜かないレスト姿勢

肩を最適なポジションに保つことによって、非収縮性組織への負担を最小限に抑え、収縮性組織が最もその機能を発揮できる状態になります。正しくない肩のポジションをそのままにしてしまうと、肩関節はずっと歪んだ状態を強いられ、慢性的な怪我が発生するリスクが高くなってしまうのです。

バブシのケースのように、不適切な肩のポジションが原因で、肩、ひじ、手首、手指の急性的又は慢性的な故障が起きることがよくあります。ですがその一方で、肩の痛みの原因の中で、最も簡単に解決できる類のものでもあります。私たちが、肩の力を抜いてだらんとぶら下がっているとき、肩関節の状態は悪化しているかもしれません。力を抜かずに肩関節を安定させ姿勢を矯正するために少しずつ努力を積み重ねることによって、長い目で見れば怪我を減らし、痛みを気にせずにクライミングやトレーニングができるようになるでしょう。

シンプルなエクササイズと戦略を使って強さを保ち、活動的であり続け、常に見識を深めること。そうすることで、私たちが愛するこのクライミングというダイナミックなスポーツ、無限の可能性を持つスポーツを、発展させ続けることができるでしょう。

エスター・スミス(DPT、Cert. MDT、NTP)は理学療法士。クライマーであり、ユタ州ソルトレークシティーにあるグラスルーツ・フィジカル・セラピーの経営者でもある。彼女はBDプロクライミングチームやその他のクライミングアンバサダーたちの専属理学療法士である。

ケイティー・ブルーメンソール(DPT、MA)は理学療法士であり、意欲的なライターでもあり、社会的正義・ウェルネスの提唱者でもある。ユタ州ソルトレークシティーのグラスルーツ・フィジカル・セラピーに勤務している。

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