ヘイゼル・フィンドレイ メンタルトレーニングシリーズ:PART1 - 身体の動くままに登らせよう

2016.12.18

ブラックダイヤモンドのグローバルアスリート、ヘイゼル・フィンドレイ。彼女はボールドなクライミングを指向している。エルキャピタンをオールフリーで登ったときや(註1)、母国イギリスでE9のハードトラッドを登ったときのように、フィジカル以上にメンタル的にハードなクライミングをしたときに自分は成長している、と彼女は言う。最近ではクライマーへのコーチングも始め、どのようにメンタルゲームを制するかについてレクチャーしている。この全3回の連載では、強いメンタルをつくり上げるための秘訣について、フィンドレイが教えてくれる。第1回目の内容は「身体の動くままに登らせよう」!

註1:彼女は既にエルキャピタンで3本のルートを完登している

クライミングはとても複雑な運動です。ひとつひとつの手足を、同時に、違うやり方で動かさなくてはなりません。一つは押す動き、一つは引く動き、一つはひねる動き、といった具合に。ムーブを起こすときに、全ての手足に対して意識的に指示を出すのは不可能です。クライミング初心者のときはムーブについて意識的に考えますが、ある程度クライミングを続けてムーブのデータベースが出来上がってきたら、ムーブは意識せずとも勝手に出てくるようになります。

でもここで意識と無意識について哲学的な深い考察はしませんし、幸いその必要もありません。もっと簡単に、身体は無意識からくる動きの担当者と捉えればいいと思ったのです。登れたときは自分の頭の良さのおかげと思いたいかもしれませんが、私たちを岩に登らせてくれるのは自分の身体です!道を歩いているとき「右足、左足」と考える必要はなく、ただ身体が動くのに任せているのです。クライミングでも同じです。


心(左)「どうしてそんなにクライミングが下手くそなの?」
身体(右)「あなたが邪魔してくるからよ!」

私自身、クライミングのパフォーマンスが最悪になるのは考えすぎているときです。クライミングのことしか考えていないとしても「左足はこうやって、ここに右手、いやいや、そうじゃないわ」というように、身体への指示を意識しすぎると身体は混乱してしまいます。ダンスを習っている子供を想像してみてください。フォックストロット(訳註2)のようなステップを、口頭の指示だけでやるのはとても難しいでしょう。友達とダンスに行って彼らの動きを見て、彼らの横で真似する方がはるかに簡単です。フォックストロットはスクールディスコのダンスよりずっと単純な動きですが、その動きを覚えるのは難しいのです。最初は動き方を教えてもらい、頭で考えながら正しいステップをしてみます。その後試行錯誤しながら、他の人のステップを見ながら、身体に動き方を覚えさせるのです。これがダンスを学ぶ自然なプロセスです。

訳註2: 社交ダンスのひとつ

あなたの身体は、岩を登るのに必要な知識は全て持っています。もし今持っていなくても、すぐに手に入れられます。あなたの身体は指示がなくてもちゃんと登れますし、改善だってできます。だから失敗や苦悩が大切なのです。あるムーブができないのは、あなたの身体が今までそんな動きをしたことがないからでしょう。様々なムーブを試すことであなたの身体は学習し、どうすれば上手くいってどうしたら上手くいかないのかを、マッスルメモリーとして蓄積します。他人の動きを見るのが大切なのもこのためです。他人の動きをみることで、次に自分が登るときその動きをまねようとするのです。このような無意識の学習プロセスは、どんな意識的な学習よりもはるかに効果的です。

Image:
Steven Horne

頭で身体をコントロールしようとし過ぎたときだけでなく、不安を抱えているときもあなたの心は邪魔をします。それがどれほど個人的な悩みであっても、落ちることや失敗への恐怖などの不安心理は登りや学習の邪魔にしかなりません。あなたの身体は、穏やかで無口で天才で、ただ岩登りを学びたいと思っているのだ、と想像してください。そしてそこに、気性が荒くエゴと不安でいっぱいの心が、何をするべきかを伝えに来ます。「そこを登らないで。怖いから」「あなたのしているムーブは全て間違ってる。みんなに笑われるよ」「あなたにはこのルートは登れない。そんなに強くないもの」

これに対して、どのように対処すべきでしょうか?

「身体の動くままに登らせよう」というマントラ=呪文を使う

Art:
Tessa Lyons

私はマントラを唱えるよう特に強要されたことはありませんし、コーチングの際に教えたこともありません。でも自然と「身体の動くままに登らせよう」とマントラを使う気になりました。私にとってこのマントラはとても効果がありましたし、今ではクライミングに行くときにほぼ毎回使っています。もしこのマントラがしっくりこなければ、自分で他に考えてみましょう。思考が煮詰まったときはいつも、自分自身にこう言っています。「ヘイゼル、身体の動くままに登らせよう」。こうすると私は流れるように登ることができます。

でもレストポイントに来るとその流れが断ち切られ、突然自分の不安意識が表に現れます。そしてこのような言葉をささやき出すのです。「次のセクションはかなり難しそう」とか、「完登するには疲れすぎている」とか、「おっと、下でイケメンがこっちを見てるわ」とか。レストポイントを離れる前に、もう一度「身体に登らせよう」と唱えます。本能の登りを大切にしよう、と言い聞かせます。

マントラのキーワードは、「let」=「させる」です。良い状態のときは登るのが簡単に感じられ、頑張る必要はありません。もちろん努力はしているんですよ。でも落ちないように頑張るというのは、頑張って寝ようとするのに似ています(そしてどうなるか分かりますよね)。身体が自然と眠りに落ちるのと同様、身体に自然に登らせてあげるべきなのです。「身体の動くままに登らせよう」というマントラは、私の身体はすごいことを成し遂げられるんだ、と再認識させてくれます。

「今を登る」ための5つのテクニック

なぜ?

以下に挙げるテクニックは、目の前の登りに集中し、不安や心配事に邪魔されないようにするためのものです。集中できなくなるのは、過去や未来のことを考えてしまうからです。例えばあなたがフォールを心配するのは、未来の自分を不安に思うからです。また、狙っていたルートでフォールしてしまったことを思い出すのは、過去について考えているということです。以下のテクニックによって、あなたの心は過去や未来から今現在に引き戻され、あなたは「今を登る」ことができるようになります。五感(味覚以外)と呼吸を利用した、5種類の「今を登る」テクニックをご紹介します。それぞれのテクニックを試しに使ってみて、どれが自分に合っているか確かめてみて下さい。

1. 呼吸

あなたの呼吸は、今この瞬間を象徴するものです。あなたは今まさに呼吸しているのですから。呼吸は、あなたを現在に繋ぎ止めてくれるだけでなく、身体感覚とも結び付けてくれます。身体は今まさにあなたを登らせようとしているので、心だけでなく身体とも繋がっていなくてはなりません!

呼吸に意識を向けると、自分のストレス度に敏感になります。例えば、もしも呼吸が速く浅くなっていたら、呼吸がゆっくりで深いときよりも高いストレスを感じています。私は、お腹を膨らませて肌がハーネスに当たるのを感じるようにしています。こうすれば、自分が十分に深く呼吸しているかどうか分かるからです。

2. 視覚

クライミング中、難しいセクションや恐ろしいセクションに差しかかった時、意図的に岩の中の小さい範囲(1cm角くらい)を注視してみてください。そうしなければ気づかないような細かいことに気が付くくらい、凝視してください。背後に広がる景色を見てもいいかもしれません。私たちは美しい場所でクライミングをしています。でも、ルートの高い位置から敢えてそれを見ようとしたことはありますか?大自然を全身で感じると、信じられないくらい私たちの心は落ち着き、励まされます。そしてこんな所に身を置いているなんて幸運だ、とも思わせてくれるのです。…このルートを登れるかどうかなんてそこまで重要じゃなくなるでしょう?

3. 皮膚感覚

身体の皮膚感覚に敏感になりましょう。あなたの指がホールドをどう感じているか、意識を向けましょう。どの指のどの部分が岩に触れているでしょうか?靴の中であなたのつま先はどのように感じているでしょうか?

Image:
Adam Demmert

4. 嗅覚

あなたの嗅覚がどのくらい鋭いかによって、この効果には差があります。私はクンクン嗅ぎまわったり、周囲の物の匂いを嗅ごうとしたことはありません。だけど特に深呼吸した時、匂いが私を今現在の時間に連れ戻してくれることがよくあります。

5. 聴覚

周囲の物音に耳をすましてみましょう。多くの方が、このテクニックを好みません。なぜなら、周囲の人々のしゃべり声が聞こえてストレスに感じたり、注意が削がれてしまうからです。私は静かな場所でこの方法を使うのが好きです。静かな場所でも、実はそこまで静かではないということが分かります。遠くの道路の音、鳥が鳴く音、風が木々を通り抜ける音など…。

これらのテクニックを試してみてください。これまで試してみた方からは、素晴らしいフィードバックをもらっています。もしもこのテクニックが上手くいかなくても、この記事を読んで、あなたの心があなた自身を邪魔してしまう仕組みが分かったかと思います。あなた自身の心の動きに気づくことで、クライミング中のあなたの心はよりクリアーになるはずです。

ーヘイゼル・フィンドレイ

このテーマについてさらに知りたい方は、彼女の公式ウェブサイト(英文)をご覧下さい。遠隔コーチプログラムなどのコーチングについての記事があります。

www.hazel-findlay.com

(原文リンク)