隔離期間から完登までの軌跡——バブシ・ツァンガールがロックダウン後に自己最高グレードのスポートルートを完登

2020.5.20

ロックダウンが終わるやいなや、バブシ・ツァンガールはオーストリア国内最難レベルのスポートルートを完登してしまった。クライミングできるありがたみを改めて感じながら。彼女へのインタビューを通じて、なぜ彼女がこれまでになくモチベーションにあふれているのか聞いてみよう。


ハングボードばかりやっていたのに、いきなり5.14cのルートの核心で約5メートルの恐ろしいランナウトに耐えなくてはならない、と言われたらちょっと極端すぎるよと思うだろう。しかも、約1か月間の強制的な隔離期間を過ごしたあと。さらには、核心のランナウトする箇所をトップロープで練習しないという厳しい倫理を自分に課して。こんなの、自ら災いを招くようなものだ。

ただしこれは、BDアスリート、バブシ・ツァンガールでなければの話。

「ハードなトライをすることで素晴らしい経験を得られるだろう、と思ったんです。」とバブシは語る。「もちろん、チータスティックを使えばもっと少ない労力でストレスなく登れるだろうなと思った時もありました。でも、結果的には、それを使わずに登れたことを嬉しく思います。」

この約2か月の間にバブシが勇敢に立ち向かったものは、このランナウトだけではない。彼女は放射線技師として小さな山村の病院で勤務し、COVID-19の襲来に備えていた。幸運なことに、彼女のいる地域では感染拡大は収まり、再び外の世界へ繰り出すことができるようになった。

現在、バブシはこれまでになくモチベーションにあふれ、その前のめりな気持ちを自宅近くの岩場にぶつけ、あっという間に自己最高レッドポイントグレードのルートを2本登ってしまった。

我々はバブシに連絡を取り、ロックダウン中のトレーニングの秘訣や最近の完登について聞いてみた。

Q&A:

隔離期間終了直後、自己最高グレードのルートを2本完登しましたね!すべてハングボードでのトレーニングのおかげですか?強さを維持する秘訣は何なのでしょう?

まず第一に、オーストリアの隔離期間は他の国に比べてそこまで長くありませんでした。1か月間のステイホームの後、ロッククライミングを再開することができました。オーストリアでは(少なくとも第1波の)感染拡大カーブが平坦化してくれて、それはもう本当にラッキーでした。みながこれからも健康でいられますように、と心から願っています。ロックダウンに戻りたいと思っている人は一人もいません。

ですが、しばらくの間家にこもっているのはそこまで悪いことではありませんでした。ギア置き場になっている部屋の掃除などに着手していきました。飼い始めたばかりの子犬と過ごす時間もたくさんできました。もちろん、クライミングが恋しかったし、身体がたるまないようにハングボードや体幹トレーニングをしていました。でも、トレーニングするのは多くても1日1.5時間まででしたね。ですから、他のことをする時間がたっぷりあったんです。

特に晴れた日なんかは、向こうに山が見えるのに出かけられないことが本当に苦痛でした。でも、その分モチベーションを蓄えていました。外出できるようになったとき、これまでにないくらいやる気に満ちあふれていました。そして、家の近くにあるプロジェクトのトライにかかりきりになりました。

隔離期間中、病院での勤務もしていたんですよね?

はい、放射線技師として病院で働かねばなりませんでした。でも、ほとんどの時間、病院はとても静かでした。何週間か前は、このウィルスの存在で未来は一体どうなってしまうのだろうと、とても不安な気持ちにかられていました。病院ではパートタイムで働いているのですが、状況が変われば急にフルタイムの仕事よりも忙しくなるだろうと思っていました。来るそのときに備えるため、病院では通常業務をすべて中止していました。ですから、普段行っていたがん検診や事故対応もなくなりました。病院はCOVID-19の感染拡大に対して100%の準備をしていたのです。

身体の状態が悪くまだ治療が必要な患者さんたちのことを考えると、とても怖い気持ちになりました。でも、本当に緊急を要する治療でない限りすべて延期になりました。先月何回か勤務しましたが、以前に比べて仕事量は多くありませんでした。現在、幸運なことに、病院では追加の患者さんをたくさん受け入れられる状態です。いまは病院に多数の感染者が入院していますが、それでも比較的穏やかにこの状況に対応できているのは幸運としか言えません。

いつ頃からクライミングを再開できたのでしょうか?

イースターの数日後です。

そして、クライミング再開直後にアンリーシュト(8C+)にトライをし始めています。このルートはどこにあって、どれくらいトライしていたのですか?

私の家から15分ほどのところにあります。フォアアールベルク州のブルーデンツの近くです。昨年何日間かトライしていました。今年は1週間ほどトライしましたね。

ルートの核心では長いランナウトがあると言っていましたね?

ええ、このルートはかなりオールドスクールなボルトルートなんです。結構長めのランナウトがいくつかあります。核心部分のランナウトは、ルートの中間部にあるんですが、とても長いです。約5メートル(16フィート)くらい。クイックドローの真下で、ルート中最もハードなムーブが出てきます。その箇所では長くてハードなシーケンスをこなさなくてはならないのですが、次のクイックドローをつかんで上がってトップロープ状態でムーブを探ることができないんです。やろうと思えばできますよ。でもそれには上からフィックスロープを垂らすか、チータスティックを使わなくてはなりません。そういうことをしないで登りたかった。ハードなトライをすることで素晴らしい経験を得られるだろう、と思ったんです。核心を突破してやっとそのクイックドローにクリップしたとき、終了点にクリップしたかのような気持ちになりました。

昨年、正解のムーブを見つけて核心後のクイックドローにたどり着くまで(たくさんフォールしながら)3日間かかりました。もちろん、チータスティックを使えばもっと少ない労力でストレスなく登れるだろうなと思った時もありました。でも、結果的には、それを使わずに登れたことを嬉しく思います。ビッグウォールに向けての良いトレーニングになったと思います。むしろ、このハードなボルダームーブを突破できたとき、ビッグウォールよりも大きな達成感を感じました。素晴らしい経験ができました。

何があなたの挑戦する意欲をそこまで駆り立てるのでしょう?

私は、ハードなトライやルートを登るためのトレーニングをしたくてしょうがなかったんです。それに、1回1回のトライで自分のベストを出しつくすことが楽しかった。また岩を登れるようになって本当によかったです。

一度、終了点間際でフォールしたことがありました。でも、なぜだかそこまでがっかりしなかったんです。このプロセスを最大限に楽しんでいました。ムーブが分かって、1回のトライを大事にできて、いい戦いができて…プロジェクトに挑戦しているときのこういう過程が大好きなんです。まあ、トライする期間が長くなりすぎて何回やっても登れなかったら、フラストレーションがたまるかもしれませんね(笑)。自分にとってハードなルートを完登した後、普通はそのルートを再登しません。ですから、まだこの戦いが続いていることが嬉しかったんです。

次は、ヤコポ初登のインストラクター(8C+/9A)についてです。このルートのどのような点が魅力的だったのでしょうか?

昨年、ヤコポのインストラクターのトライをビレイしていました。45メートルほどの長さで、かなり傾斜の強いルートです。このようなタイプのルートは苦手なんですが、自分にもムーブができるのかどうか試してみたくなりました。そんな感じでトライを始めたんです。自分の弱点に向き合ったり自分のスタイルとは違うタイプのクライミングに挑戦することは、基本的に良いことだと思っています。隔離期間の直前、私は何週間か南フランスに行って強傾斜のルートばかり登っていました。それがこのルートのための良い下準備になったんだろうと思います。

どれくらいの期間トライしましたか?

7日間です。

何が完登の鍵になったのでしょうか?

このルートを登るためのトレーニングを少ししていました。パワーをつけるために、いくつかの長いシーケンスの課題を何度も何度も登って練習していました。日を追うごとに少しずつ感触は良くなっていきました。すべての課題ををつなげることができた時点で、遅かれ早かれ完登できるだろうという自信が持てました。最後は、終了点にたどり着くために死に物狂いの戦いをするのみでした。

ロックダウンとパンデミックが起きたことによってロッククライミングの素晴らしさを再確認することになりましたか?

もちろん!ハードなルートにトライするうえで最も大切なのはモチベーションだと思っています。また岩を登ることができるようになって本当に嬉しかったです。正直、家でハングボードにぶら下り続けることにはそこまでワクワクしませんでした。いつも同じことの繰り返しで、しばらくすると退屈してきてしまいました。

隔離終了後に初めて岩場に行った日は、登れる限りたくさんの本数を登ったのでへとへとに疲れてしまいました。岩場には数人しか来ていませんでした。ソーシャルディスタンスを保たなければならず、人の多い岩場に行けないこのような情勢の中で、またこの日のように岩を登れるかどうか分からなかったんです。なので、岩場に行ける日はできる限り思う存分クライミングしようとしました。

いつもは、たくさんクライミングの旅に出ていますよね。いまはみな、自分の裏庭で冒険せざるを得ない状況です。あなたの「裏庭」には何か目を付けているものはありますか?

ここフォアアールベルク/チロルに住んでいたのはとてもラッキーでした。ここには、約20もの岩場と、比較的新しい小規模なエリアがあります。どれも車で1時間ほどです。なので、登る岩には事欠きません。ですが、もっと高い山の方にも、もうすぐ行けるようになったらいいなと思います。より大きな岩壁のルートを確認しに行きたいんです。

最後に、まだ外出できないクライマーへのアドバイスをお願いします。

みなさんが、少なくともちょっとはランニングしたりハイキングしたりできる状況だといいんですが。

一日中室内にいなくてはならないのだとしたら、きっとものすごくストレスがたまるでしょう。私たちは常にランニングやハイキング程度のことは可能でした。

毎日のルーティンがあったおかげでかなり気が紛れました。朝にハングボードや体幹トレーニングを頑張る、とか。時間があまりに余っていたのでそのほかにもいろいろなことをしました。料理をしたり、仕事を終わらせたり、のんびりしたり、良い映画を見たり、読書したり。

ギア置き場になっていた部屋を整理したんですが、丸二日もかかりましたよ!いつもやろうと思っていたことだったんですが、ずっとやる時間を捻出できていなかったんです。時々、本当に何もしない日もありました。でも、そういう日も必要だったんだと思います。

私たちは普段旅ばかりしているので、どこかを巡っているか帰って仕事をしているかどちらかでした。でも今回ゆっくりとした時間を過ごせたことで気持ちが安らかになりました。これも良い機会だったのだと思います。

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