QCラボ:電磁気干渉と雪崩ビーコン
スキーシーズンが始まろうとしている今。QCラボクルーは電磁気干渉について掘り下げて、それがどのようにバックカントリーでの安全性に影響を及ぼすかについて深く考えてみることにした。
待ちに待ったスキーシーズン!1年で最もワクワクする時期だ。多くのみなさんがスキーにワックスを入れたり、ブーツを成形したり、スキンをカットしたり、雪崩ビーコン(以下ビーコン)捜索の練習をしたり、あるいはバックカントリー技術の向上に努めている頃だろう。でもちょっと待って。ビーコンや雪崩エアバッグなどの電池交換やファームウェアのアップデートも忘れてはいけない。でもなぜ?
電磁気干渉は実際にビーコンの性能へ大きな影響を及ぼし、バックカントリーでの安全性を脅かす可能性がある。結論から言うと、私たちがバックカントリーに持ち込む電子機器の多くはビーコンの捜索(SEARCH)モードに悪影響をもたらす可能性があるのだ。
今回のQCラボでは、電磁気干渉がどのようにバックカントリーでの安全性に影響を及ぼすのか、そしてなぜファームウェアのアップデートが必須なのかを探っていきたい。

名詞
電磁気干渉(EMI) とは、電気回路に対する外部からの不要なノイズまたは干渉。
電子機器/電気機器の効果的な性能を中断、妨害、低下、制限する。
近年、電磁気干渉によるビーコンへの悪影響について、雪山に関わる人々の間でより多くの議論が交わされている。この議論は今に始まったものではないが、バックカントリーユーザーの増加と、スマートフォンやスマートウォッチ、GPS、ヒーター付きウエア、電子式エアバッグ搭載パックなど、山に持ち込まれる電子機器類の増加により、ますます高い関心が寄せられているのが現状だ。
今回のQCラボでは、電磁気干渉がどのようにバックカントリーでの安全性に影響を及ぼすのか、そしてなぜファームウェアのアップデートが必須なのかを探っていきたい。

基礎知識
ビーコンは国際的に定められた周波数、457kHzを使用した無線装置だ。送信(SEND)モードの時は1秒に1回、ETSI EN 300 718-1※で定められた送信シグナル(以下シグナル)を送っている。捜索(SEARCH)モードに切り替えると、捜索側ビーコンは近くのシグナルを検知して、距離と方向を表示し、シグナルを送っているビーコン=埋没者を探し出す。送信ビーコンから離れれば離れるほどシグナルは弱くなる。最大捜索帯域幅付近の捜索側ビーコンは「ささやくような小声を聞き取ろうとしている」ようなものだ。そしてその状態こそが、捜索側ビーコンが最も悪影響を受けやすい状態なのだ。
※欧州電気通信標準化機構が1996年~1999年に定めた国際規格
ビーコンに悪影響を及ぼす可能性のある3つの干渉源
1:受動的干渉(それ自体は電磁気ノイズを発しない物からの干渉)
- ショベルのブレードやアルミフィルムの飲食品包装類、アルミがラミネートされた衣類、磁石類、金属類
- これらのものは送信(SEND)モード、捜索(SEARCH)モード、どちらにも影響がある
2:能動的干渉 (それ自体から電磁気ノイズを発する物からの干渉)
- 電子機器:スマートフォン、スマートウォッチ/リング/ブレスレット、無線機、衛星コミュニケーションツール、ヒーター付きグローブなど
- スノーモービルやその他の動力付き車両
- これらのものは、捜索(SEARCH)モード時には更に大きな悪影響を及ぼす
3:環境要因
- 電線、鉄を含んだ岩など
- 環境要因は捜索(SEARCH)モード時に更に大きな悪影響を及ぼす
この記事では、電磁気ノイズを発する物からの干渉である「2)能動的干渉」に焦点を当てていきたい。能動的干渉は最も注意を払う必要があるが、基本的な知識と行動でその影響を軽減できる。ほとんどの電子機器は様々な頻度と強度で電磁気ノイズを発生させる。そして電磁気干渉が周波数457kHz付近で起こった場合、捜索側ビーコンに悪影響を与えるのだ。ほとんどの電子機器はバックカントリー用に特別に設計されているわけではないので、神聖なる周波数457kHzの事などほとんど考えられていない。
理解を進めるために周波数測定機の画面を見てみよう。下の画像1で表示された線は、比較的電磁気ノイズの少ない環境下で送信側ビーコンが発するシグナルを表している。現実世界ではある程度の電磁気ノイズは避けられない。全く電磁気ノイズのない環境は研究室内でしか作り出せない。この画像からは、シグナルレベルが電磁気ノイズのレベルよりも遥かに高い事が分かる。このようなレベルの違いはシグナル/ノイズ比(S/N比)として知られている。捜索側ビーコンのプロセッサーはこのシグナル/ノイズ比を利用してノイズの中から送信側ビーコンのシグナルを特定するため、このシグナル/ノイズ比(S/N比)は重要なのだ。

捜索側ビーコンを送信側ビーコンから離すとシグナルが弱くなり、下の画像2のようになる。シグナル/ノイズ比が減少しているのが分かる。

上の画像は比較的ノイズの無い状態における送信側ビーコンからのシグナルを示している。もし他の電子機器からの干渉が発生した場合、ノイズレベルが上がる事で送信シグナルがノイズに埋もれてしまい、S/N比はさらに減少してしまう。画像3を見てほしい。送信側ビーコンから発しているシグナルと能動的干渉により跳ね上がったノイズの違いがあるのだが、これを見分けられるだろうか?

この画像ではノイズと送信シグナルを見分けるのはとても困難だろう。しかしこれこそが捜索側ビーコンが処理しようとしている情報なのだ。干渉が発生すると、捜索帯域幅の減少や方向指示の信頼性低下、ゴーストシグナルの発生が起こる。ゴーストシグナルはノイズレベルが跳ね上がりノイズが送信シグナルと似た波形になるときに発生し——捜索側ビーコンのプロセッサーがノイズをシグナルだと誤って判断してしまうのだ。このような性能低下はビーコンの最大捜索帯域幅付近でいっそう顕著になる。
なぜこれが問題なのか?
端的に言うと、捜索を遅らせるからだ。雪崩捜索における初期段階、コースサーチで最初のシグナルを捉えようとしている時点ではS/N比はとても小さく、どんな干渉でも捜索側ビーコンに悪影響を与えてしまう。時間は限られており、捜索のタイムリミットは刻一刻と迫っているのだ!ゴーストシグナルと誤った方向指示によってあなたは間違った方向へ向かわされ、貴重な時間を無駄にしてしまうかもしれない。捜索帯域幅の減少によって捜索幅を狭めなければならず、信頼できる送信シグナルを受信するためにはより埋没者に近づかなくてはならない。この時、最も重要なことは電磁気干渉の発生源を減らすことなのだ。
干渉の原因とは?
電磁気干渉の主な原因は捜索側ビーコンのすぐ近くにある電子機器によるものだ。この場合、電子機器と捜索側ビーコンの位置関係に着目してほしい。なぜなら電磁気干渉は捜索側ビーコンから電子機器を遠ざけるほど、急激(指数関数的)に低減するからだ。
その事から20/50ルールが誕生したのである。電磁気干渉源をビーコンから十分に離す事でノイズの低減を可能にする。20/50ルールとは、電子機器などの電磁気干渉源を送信側ビーコンから最低20cm離し、捜索側ビーコンからは最低50cm離す、と言う事を覚えてもらう為のルールで、広く受け入れられている。とにかく覚えておくべきことは20/50ルールなのだ!
だがこのルールはあくまでも目安であり、全ての電磁気干渉の低減を保証するものではないと言う事は忘れてはいけない。市場にはあらゆるタイプの電子機器が存在し、中には50cm以上離しても干渉するものがあるだろう。世界中の全ての電子機器を取り寄せてテストすることは不可能なので、今回はバックカントリーでよく目にする電子機器に焦点を当てることにする。
さて話を戻して、バックカントリーでよく見かける電子機器やその他のアイテムは、実際にはどの程度の干渉を引き起こすのだろうか?この問いに答える為に、ブラックダイヤモンド社のQCクルーは調査を実施した。このテストのポイントは、安定したシグナル受信時における捜索側ビーコンの性能(捜索帯域幅と方向指示の信頼性)がどのように低下するかを理解する事にある。

テスト内容
QCクルーは街中に溢れるさまざまな電磁気干渉源となる可能性のあるものから離れる為、ソルトレイクシティ西方の広く開けた荒野、ボンネビル・ソルトフラッツまでやってきた。
まず送信(SEND)モードのビーコンを100m先に置く。そして捜索(SEARCH)モードのビーコンが距離と方向指示を安定して表示するまでゆっくり近づいていき、距離と方向指示が出たらその位置から送信ビーコンまでの距離を記録する。
今回はスマートウォッチ、GPSウォッチ、スマートフォン、無線機、アクションカメラ、衛星通信機器、電子式エアバッグ搭載パック、そしてスノーモービルなど、バックカントリーでよく目にする電子機器でテストを行った。捜索(SEARCH)モードのビーコンは非伸縮性のテープを使って体から50cmの距離を保つようにした。そして電磁気発生源の機器はそれぞれ通常で使用する位置に配置した(表内を参照)。
実験の目的は20/50ルールを破る事がどれほど悪い事なのかを見極める事にある。その為、多くのアイテムは50cm以内の場所に配置した(ヒーター付きグローブやスマートウォッチなど)。それぞれのアイテムで3回づつテストを行い、その平均値を取るようにした。そして電子機器無しの基準となる値から、どの程度、捜索帯域幅が減少したのかを計算した。
結果

注意事項:
1:テストではこれらの電子機器類を個別に使用したが、複数の機器を同時使用した場合は複合的に影響を与える可能性がある。
2:今回のテストはあくまで1ペアのビーコンとランダムに選ばれた電子機器類で行っており、全ての電子機器類を代表しているわけではない。個人用電子機器のパワーは近年ますます強まっている。
教訓は得られた。電磁気干渉は実際に起こり、ビーコンのパフォーマンスに重大な影響を及ぼすという事だ。私達はビーコンと電子式エアバッグ搭載パックのファームウェアアップデートの重要性も重ねて強調したい。
今回はスマートウォッチ、GPSウォッチ、スマートフォン、無線機、アクションカメラ、衛星通信機器、電子式エアバッグ搭載パック、そしてスノーモービルなど、バックカントリーでよく目にする電子機器でテストを行った。捜索(SEARCH)モードのビーコンは非伸縮性のテープを使って体から50cmの距離を保つようにした。そして電磁気発生源の機器はそれぞれ通常で使用する位置に配置した(表内を参照)。
ファームウェア
ビーコンや電子式エアバッグ搭載パックの製造メーカーはパフォーマンスを向上させる為にファームウェアを継続的に改良している(スマホのアプリが継続的にアップデートされるのと同様)。ファームウェアをアップデートする事により機能が改善され、バッテリー寿命は伸び、有害な干渉の発生を低減したり、干渉されたシグナルの処理機能が改善する。
ファームウェアを常にアップデートしておくのは最重要だが、多くの人は実行しない。そのような人の一人にならず、今すぐファームウェアのアップデートを行っていただきたい。多くの場合、アップデートはスマホのアプリで簡単に行える。アップデート方法の詳細はメーカーのウェブサイトに記載されている。
結論/今回の重要な教訓と一般的なガイドライン
1:電磁気干渉(EMI)に注意
- 電磁気干渉は現実に起こり、ビーコンに多大な悪影響を与える。シグナルサーチの初期、つまり本当に時間を無駄にしたく無い段階で最も大きな悪影響を及ぼす。
- 送信側ビーコンに近づきシグナルが強くなれば電磁気干渉による影響は低減する。
- 強い心理的ストレスに晒される雪崩事故現場では電磁気干渉に気がつかない可能性がある。
- 電子機器が強力でビーコンに近くなるほど、より大きな干渉を与える。
2:電磁気干渉はバックカントリーの安全性において最も重要なファクターなのか
- いいえ。雪崩地形を避ける事、きちんとしたトレーニングを積む事、ビーコン、ショベル、プローブを携行する事、これら全ての方がより重要な事だ。しかしながら電磁気干渉(EMI)を管理する事もまた、数あるバックカントリーにおける安全対策の一つと言える。大きな違いをもたらす場合すらあり、電磁気干渉を管理できていなければビーコン捜索が大幅に遅れる可能性がある。
3:ある程度の電磁気干渉は避けられない。しかし、どの電子機器を使用し、どこに配置するかで干渉度合を最小限に抑える事ができる。出発前にパーティ内でこの事について話し合うのをお勧めする。
4:ビーコンと電子式エアバッグ搭載パックのファームウェアアップデートを推奨する。
5:最新式ビーコンの中には、干渉が起こっている事を検知して捜索帯域幅が減少している事を画面に表示するモデルもある。
6:登山におけるその他多くの安全とリスクに関する意思決定と同じで、道具の性能を理解しパーティに対するリスクの許容範囲を見極めるのはあなた自身の責任である。
- もしも電磁気干渉を最小限に留めたいなら、重要でない全ての電子機器の電源を切るか、ビーコンから遠くへ離すこと。
- それ以外の場合は、20/50ルールと合わせて、下記イラストに示した一般的なガイドラインに従うこと。
免責事項
私達は電磁気干渉に関する一般的な推奨事項を公開するにあたり、他のビーコンメーカーやスノーセーフティー関連の国際団体と協力している。ピープスとブラックダイヤモンドのビーコンには送信アンテナに干渉を受けると、干渉が少ない側のアンテナからの発信に切り替えるピープスオートアンテナスイッチ機能やゴーストシグナルを除去するピープスシグナルバリフィケーション機能が搭載されている。ピープスプロIPSには電磁気干渉保護システム(IPSシステム)が搭載されている。より詳しい機能や使用方法については製品マニュアルを参照されたい。



結論/今回の重要な教訓と一般的なガイドライン
ビーコンに対する電磁気干渉についてのUIAAの見解をこちら(PDF)から日本語で読む事ができます。
安全に楽しんで!
QCクルー