ロストアロー

重要なお知らせ BEAL べアールLock Up School使用中の事故についての報告

7月1日、クライムパーク・ベースキャンプ入間店から、「トップロープのLock Up Schoolのカラビナがお客様のビレイループからはずれて5~6m落ち、重傷を負い入院した」との連絡が入りました。

ミュンヘンの展示会に出張中であった弊社代表取締役の坂下、他4名は、7月1日にべアール社に事故報告を行い、翌日事故原因を討議する会談をべアール社展示ブースで行いました。
両社によるLock Up Schoolの観察と意見交換から、ツイン・スミス・キャプティブと呼ばれるカラビナの二重のゲート間に隙間があり、そしてワイヤーゲート先端部が指先で摘まみ易い形であることから、異物が侵入しやすい構造であることは分かりましたが「なぜビレイループからカラビナが外れたのか」は解明できませんでした。 そのため、帰国後ベースキャンプ入間店と共同で事故現場の検証を行ない、その結果をべアール社に報告することを約束して会談を終えました。
ミュンヘンでは原因究明ができなかったため、弊社は7月8日にLock Up Schoolの販売中止を決定。
販売先に事故の説明と販売中止のお願いをし、購入者には、当分の間の使用中止をお願いしました。

帰国後、事故現場は警察の検証終了までは封鎖され、私たちの検証作業はしばらくできないことが判明。
その後ベースキャンプ入間店から、7月17日午後2時から現場検証を行うとの連絡があり関係者が集合しました。
現場検証の前後に、ベースキャンプ入間店と弊社による様々な意見交換や実験を行い、両社はおおむね以下のような推論に到達しました。

  1. ユーザーは登る時、セットしてあるトップロープ(べアール社Lock up School)を、ベースキャンプが表示した取付方法を読んで、自分のハーネスのビレイループにクリップした。
    この取付方法の表示は、べアール社取扱説明書のイラストのコピーに、写真を添付したものである。
  2. ユーザーはブラックダイヤモンド社製ゾーンハーネスを使用。このビレイループは幅が狭く固い。
  3. ユーザーは下部で2回墜落したが、登り直すときロープにたるみが生じ、カラビナがビレイループ内で半回転して落ちこんだ。
  4. 何らかの原因で生じたロープのねじれが、カラビナに回転力を生じさせた。
  5. ビレイループ内で反転し回転力が加わったカラビナは、たるんだトップロープが張られた瞬間、ロープの動きに連動し、その反転状態を復元しながらビレイループ内部を上方に移動した。
    移動中にビレイループのエッジがワイヤーゲート先端をとらえ、ビレイループが侵入した。
  6. ビレイループが、ワイヤーゲート内に侵入した状態で再度ユーザーが墜落し、内側のベントゲートを押し下げ、完全にビレイループからカラビナが外れた。

私たちが事故原因の結論を導くには「事故の再現」が必要ですが、この日は再現できませんでした。
段階ごとの実証はできましたが、上記の説明、1と2の条件の下で3、4、5までを連続につなげることはできませんでしたので、この解明は推測に過ぎないともいえます。
一方で、上記推論以外に「ビレイループからカラビナが外れる」可能性は想像できませんでした。

弊社はこの検証結果と推論をべアール社に7月20日に報告しました。
べアール社の事故に関する声明文は25日に送られてきましたが、事故の推測の記述にいくつかの誤解があり、また当然のことではありますが、ヨーロッパのクライミング文化、社会慣習にもとづいた表現が多くみられましたから、その表現法をめぐって何回もの意見交換の後、別紙のような発表(PDFファイル)に至りました。

弊社は最初の検証後も事故解明作業を継続しましたが、その中で新たに判明した事実があります。

  1. ロープのねじれが強いほどカラビナに強い回転力が生じビレイループに密着し食い込み(ビレイループのエッジがワイヤーゲートを捉える)やすくなる。
    ロープにねじれがないとき、カラビナはビレイループ内で自由に動き、ビレイループに食い込めない。
  2. ビレイループにカラビナをセットした時、右側クリップと左側クリップでは違う結果を生む。
    ロープの強いねじれの方向によって、一方はビレイループの中をカラビナが通過するときゲート側がビレイループのエッジに接触しながら移動して食い込み、外れる可能性が生じる。
    他方、別の側からクリップしたカラビナは、ゲート側ではない背骨側をビレイループのエッジに接触しながら移動するため、食い込む可能性も外れる可能性もない。
  3. トップロープの支点が、ルートの中心から右側、あるいは左側に離れてある場合、ビレイヤーの引くロープの方向と墜落者側のロープの方向に角度が生まれ、高く登れば登るほどその角度は大きくなり、墜落者側のロープは支点に向かって斜めにひかれることになる。
    ロープの強いねじれと斜め方向からのロープの引張りは、ワイヤーゲート先端部へ、ビレイループが食い込むための条件を満たすアングルを作り出す。
    ロープのねじれが逆巻きの場合は、食い込む可能性はほとんどなくなる。

つまり、外れるための条件は以下の5つの要素がそろう時で、1つでも負の方向(予期せぬ解放につながる方向)と逆であれば、カラビナにビレイループが食い込む可能性は低くなる。

  1. カラビナをビレイループにクリップする時の左右の向きが負の方向になっている
  2. ロープに強いねじれが生じ、その方向が負の方向になっている
  3. ロープが緩み、カラビナが負の方向に半回転しながらビレイループに落ち込む
  4. 支点がルート中心から右側か左側にずれている方向が負の方向になっている
  5. ビレイヤー側ロープとの角度が大きく、ロープが負の方向より引かれる

ビレイループがカラビナに食い込む行程図

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ロストアローの見解

さて、今回の事故をめぐって、私たちは社内のみならずべアール社、ベースキャンプ入間店との間で多くの意義深い議論を続けてきました。その議論は、事故原因の解明を導くとともに、登攀用具を輸入し販売する私たちが、今後考えるべきことをいくつか示唆してくれました。

海外メーカーの考えを代弁することも代理店の重要な仕事ではありますが、今回は代理店という枠を超えて、この事故について私たち独自の見解を述べようと思います。

今回の事故について「事故は複雑な要因が次々積み重なって起きるものだ」という諫言を私たちに思い起こさせました。その一方で「私たちに落度はなかったのか?」という別な視点で考えた時、以下の3点が浮かんできました。

  1. ツイン・スミス・キャプティブ・カラビナは、ゲートに指をかけやすくクリップしやすい利点がある。指が掛かりやすい利点は、逆に他の異物の侵入を許しやすいという弱点になります。私たちはLock Up School発表時にこの弱点を過少評価していたのかもしれません。
  2. べアール社の取扱説明書にある左右二枚のイラスト、左はタイインループが1点のハーネスにクリップするもの。右はビレイループに直接クリップするものでした。
    私たちは、取扱説明書のイラストを見た時、登攀用ロープは「タイインループに結ぶべき」という基本に、なぜか思いが至りませんでした。
  3. また、Lock up Schoolのように、市場に存在しない新製品が登場する時、私たちはその利点や革新性に注目しがちですが、新製品に潜む隠れた弱点や危険性に十分な注意を払う必要がありました。
    そして初めて登場する製品の取扱説明書は、初めて使う人達にとって、既存の製品よりも丁寧で、わかりやすく、間違った使用を確実に防ぐものでなければならないことをより強く意識すべきであったと思いました。

今回の事故を教訓に、私たちは、「クライミングは高所からの墜落という危険を伴う行為である」ことを再確認し、クライミングギアの輸入販売という私たちの役割に、より真剣に、より注意深く、より高い意識を持って取り組んでいく決意です。

最後ではありますが、Lock Up Schoolの使用中に墜落し重傷を負われた方の、一日も早い快復を、心よりお祈り申し上げます。

株式会社ロストアロー
代表取締役 坂下直枝