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雪崩対策装備の必要性を考える
#02_「偽りの成功体験は常には続かない」天野和明

雪山登山での雪崩装備の必要性について、シリーズ全5回の2回目。前回の記事では雪崩遭遇をできるだけ身近に感じていただけるようドキュメント風に綴りました。また、雪崩装備は不要という根強い意見に対する提案をお伝えしました。
今回の第2回からは、3人の山岳ガイドの方に雪山登山での雪崩装備の必要性について、それぞれの実体験を交えて寄稿していただいた原稿を掲載します。
まずは国際山岳ガイドの天野和明さんです。
「偽りの成功体験は常には続かない」
天野和明
雪山登山をはじめて25年ほどが経ちます。ラッセルを繰り返すオーソドックスな雪山登山、雪稜、アイスクライミング、冬壁、アラスカやヒマラヤでの高峰登山と活動内容もエリアも広げてきた自分自身の登山経歴の中で、雪崩に遭ったことが6回あります。
1回目は3月の北アルプス南岳西尾根上、2回目は同じく3月北アルプスの八方尾根上、3回目は2月の上越 谷川岳一の倉沢、4回目は12月の北アルプス屏風岩を登って屏風の頭までの樹林帯内の尾根上、5回目は1月の北海道雷電海岸でのアイスクライミング中に、6回目はカラコルムヒマラヤ、スパンティーク(7,027m)北西稜の尾根の登高中。
バックカントリースキーもしますが、スキー中に自分自身が雪崩に遭ったことはありません。
お気づきでしょうか?僕が遭遇した雪崩のインシデント6回はすべて登山中であり、うち4回は尾根上でのものです。
2008年インドヒマラヤ、カランカ北壁を初登攀した後の下降時、5日間の停滞中に積もった雪は下りで腰のラッセルになり、支点が取れる氷は深い雪の下になり非常に不安定でした。とても恐ろしかったですが生きて帰るためにも降り続けるしかなかったのです。降雪直後の雪はとても不安定でしたが雪崩ることはありませんでした。運が良かった。氷河まで降りると土が見えていた氷河には2m近い積雪がありました。ただただ運が良かったと思います。
同時期、チベットに行っていた大学山岳部時代の先輩を含む3名が雪崩で亡くなったという連絡を下山中のインドの山奥の村で受けました。後日知った事実では彼らは行動初日、ガレ場から雪の上に上がってそんなに登っていないところで崖下へと流されたようだ。
ショックだった。その場に僕がいたら同じくじを引かなかった自信はない…。
翌2009年インド遠征と同じメンバーで今度はカラコルムヒマラヤ、スパンティーク(7,027m)北西壁に行きました。トライ前の順応行動中、広い尾根を末端から登って行きました。日本の残雪期を思わせるグズグズのザラメ化した雪は重く、足が取られ、わかんを履いて登りました。斜面状から広い尾根に出る前にポールをアックスに持ち替え、登り始めて5分ほどだっただろうか。急に足元を引っ張られたような気がしてバランスを崩して転びました。あまりに突然のことに何が起きたのかわからなかったのですが、斜面を滑落していたことが分かりとっさにアックスのピックを刺し、滑落停止の体制で止まることができました。雪崩を誘発したようだと気が付いたのは止まってからです。その時先頭を歩いていた僕の10mほど前で幅広い尾根全体が雪崩れた様子がスローモーションで脳裏に残っています。
上を向くと雪面をピックが切った後が数メートル続き、すぐ横には後ろを歩いていた佐藤が同じく滑落停止で止まっていました。僕らが止まった個所の10m後ろは500mの崖…。そして、滑落しながら目が合った最後尾の一村がいない…。崖から落ちたのか? それとも沢に流れていった雪とともに流されたのか? 姿が見えないからわからないが、時刻を確認して2人して大声で名前を呼びながら、痕跡を見失わないよう探しながら慌てないよう言い聞かせて下りました。時計を見たのは埋没していた場合15分以内には掘り出さないとならないと頭にあったから。ショベルは3人で1本持っていたが、軽量化もありビーコンやプローブは持っていませんでした。
一村はデブリの末端で雪の上に出ていました。全身の打撲はあったが、骨折などはないという。それでも3人とも精神的なダメージは大きく、もう遠征は終わったような空気感でした。前年に親しい先輩後輩を雪崩で亡くしている。それなのに同じような事になってしまった。結果を分けたのは自分たちでコントロールできていたことではなく、運の要素が大きかったのではないか? では亡くなった人たちは運が悪かったのか? いや、そうではない。
雪崩は起こさなければそれに越したことはない。ただし、絶対に起きないとは言い切れないし、雪崩があるとしてもそれ以上に僕らは雪山やアイスクライミングやスキーが大好きだ。今は軽量で高性能なビーコンが出ています。でも安くないギアです。確かに雪山を始めたい人にとって冬靴、アックス、クランポン、ウェアなど冬はたくさんの装備が必要で、そのどれもが重要です。その中でビーコン、プローブ、ショベルの優先順位が低くなるのもよく理解できます。
「行けちゃった登山」。その山、ルートに見合った経験や実力がまだないにもかかわらず、天候やトレースの有無やその他の条件に恵まれ、たまたま登れてしまった偽りの成功体験は常には続かないし、それを自分の実力と誤認し、さらに難易度が高い登山に挑戦してしまい、いずれ事故につながるような場合もあります。危うい成功体験は時に人の心理をも曲げることも少なくありません。
想像力は自然の中で過ごすうえでとても大切な能力ですが、あなたが雪に埋まったら、どうなるか考えてみてください。苦しい。意識が遠のく。死ぬかも…。
生存の可能性がほぼなくなってからも、捜索しないといけません。探しに行く仲間は?救助隊は?広いデブリの中で手掛かりのないものを探さなきゃならない。第3者をリスクに晒し、長期の捜索になればなるほど家族や周りに負担をかけてしまいます。
山に雪が降り、斜面があったら雪崩が起こりうるということを知ってください。ビーコンなしで埋まった人を生きているうちに掘り出すのは絶望的だということを知ってください。そして、ビーコンがあっても仲間と、繰り返しのトレーニングが必要だということを感じてください。完全に埋没した仲間を生きているうちに掘り出すのことは現場にいるあなたたちにしかできないことです。練習していれば、雪に埋まった数個のビーコンを探すのはそんなに難しいことではないでしょう。ビーコンを持っていても外傷や低体温症などで埋没者の25%は亡くなるといいます。しかしながら残りの75%の人を助けることができる可能性は、格段に上がるでしょう。そして人の大きさを深い雪の中から掘り出すのはかなり大変だということも知っておいて損はないでしょう。
僕が遭遇した雪崩のインシデント6回はすべて登山中であり、うち4回は尾根上でのものです。
スキーでなくても、沢に入らなくても、雪崩は起きるときには起きます。
みなさんが、安全により長く山を楽しめるようことを願っています。