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雪崩対策装備の必要性を考える
#03_「想像力を働かせ、備える」笹倉孝昭

雪山登山での雪崩装備の必要性について。シリーズ3回目も前回に引き続き、3人の山岳ガイドの方に実体験を交えて寄稿していただいた原稿を掲載します。前回の天野和明さんに続く今回は日本山岳ガイド協会所属のガイド、笹倉孝昭さんです。
「想像力を働かせ、備える」
笹倉孝昭
積雪期登山をしている人であれば、雪崩の痕跡や、程度の差こそあれ、斜面が雪崩れて行く様子をみたことがあるのではないだろうか。しかし、雪崩を見たり、雪崩による事故の話を聞いていても、雪崩についてはどこか他人事として捉えている人が多いように思われる。私の個人的な印象でしかないが、多くの登山者が、自分自身は雪崩に巻き込まれることはない、と考えているのではないだろうか。それを裏付けることとして、アバランチトランシーバー(雪崩ビーコン:以下同)、プローブ、シャベルといった雪崩対策ギアの携行率の低さ、雪崩対策ギアを使ったサーチ&レスキューのトレーニング回数の少なさを挙げることができる。
それに対して、バックカントリーでスキーやスノーボードを楽しむ人たちは登山者に比べて、雪崩対策ギアの携行はもちろんのこととして、サーチ&レスキューのトレーニングも行っているように思う。雪崩のリスクはそれほど変わらないフィールドで活動していながらも、対策にこのような差が生じている背景には、登山者一人一人の意識もさることながら、指導者層の雪崩対策に対する考え方や普及活動にも問題があるのかもしれない。時折、耳にすることがある「雪崩に遭ったら終わりだ」とか、「○○山では雪崩起きない」「これまで(この時期に、ここでは)雪崩がおきなかった」といった言葉は、登山者の思考を停止させ、対策を怠る要因になっているように感じている。
しかし、実際には登山者が巻き込まれる雪崩事故は起きているし、さらに言えば過去に雪崩事故が発生している箇所で同じような事故が繰り返されることもある。
随分前ではあるが、私自身も雪崩に巻き込まれたことがある。実際の雪崩は映画の映像のように「ゴーッ」というような轟音もなく、雪煙のようなものもなく、ゆっくりと迫り来るものでもなかった。
恐ろしく速く、無音で、石のような雪の塊が連続して飛んできた。その重く速い雪の塊に、容赦なく殴り飛ばされ続ける、拷問のような感覚だった。
そのときは、幸い意識も失わず、身体の一部が埋まっただけだったので、一命を取り留めたが、今思いだしてもゾッとする体験だった。
雪崩が起きるかどうかについての正確な判断は容易ではない。そうであるからこそ、起きることを前提とした行動指針や対策が不可欠なのではないだろうかと思う。
私は、登山やクライミングは現実を素直に受け入れることでリスクをコントロールする活動だと思っている。つまり、現実を捉えることなく、固定化された考えや、判断を伴わない行動や登山活動はリスクを高めることになってしまう。これは雪崩についても同じだ。世界的な視野で見ると、雪崩事故については多くの事例から情報が集積され、統計データも揃ってきて、また研究者による科学的研究の成果も蓄積され、客観的な知見がどんどん更新されている。
そういったことから学ぶことは多いし、それらを元にしてサーチ&レスキューの行動規範、有効な実践的方法が構築され、雪崩対策ギアの研究開発も行われている。まずはそのような事実を知り、雪崩対策の現状を理解することは重要だと思う。
他の登山用具や技術についても共通する点だと思うが、誤解を恐れずに言えば、日本の登山界は情報に疎く、技術や装備について更新されにくい環境と言えるのではないだろうか。
アバランチトランシーバーもアナログ方式のものが使われていたり、サーチ&レスキューの講習についても最新の情報が反映されたものではなかったり、という状況からそのように感じている。
雪崩対策は救助活動でもあるので、目的が明確である。まずは雪崩を回避すること、次に埋没者がいる場合は、最も生存率が高くなる方法で捜索と救助活動を行うことだ。時間との競争が求められる救助活動の場面を想像してもらいたい。古いアナログ方式や二本アンテナのアバランチトランシーバーで良いのだろうか?サーチ&レスキューの行動指針はアップデートされているだろうか?
雪崩が発生した場面に遭遇したことがなければ、想像することは難しいかもしれない。しかし、登山のリスクすべてを経験した人がそんなにいるとも思えないが、未経験のリスクであってもそれに備えていると思う。雪崩についても、他の人の体験談や事故の統計などに基づいて、想像力を働かせて、備えておくべきだ。
私はガイドであるが、ひとりの登山者としても雪崩対策ギアの携行とそのトレーニングは継続して行っている。