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雪崩対策装備の必要性を考える
#04_「雪の量は問題ではない」花谷泰広

雪山登山での雪崩装備の必要性について、シリーズ全5回の4回目。シリーズ4回目も前回に引き続き、3人の山岳ガイドの方に実体験を交えて寄稿していただいた原稿を掲載します。前回の笹倉孝昭さんに続く3人目の今回は日本山岳ガイド協会所属のガイドであり、甲斐駒ヶ岳・七丈小屋の運営もされている花谷泰広さんです。
「雪の量は問題ではない」
花谷泰広
甲斐駒ヶ岳黒戸尾根にある七丈小屋を管理するようになって5年目となった。これまで4回の積雪期を経験したが、残念なことに死亡事故が3件、救助要請事案は1シーズンに数回は発生している。死亡事故はすべて黒戸尾根からの滑落が原因だ。また救助要請事案は雪崩に起因するものはなく、ほとんどが滑落や凍傷事案であった。しかし2シーズンほど前から黄蓮谷を目指すアイスクライマーの数が増え、それに従い、事故や救助要請が増加傾向にあることを懸念している。幸いなことにここ数年は雪崩による事故はないものの、過去には大きな雪崩による事故もあったエリアだ。山岳ガイドとして、また当地の山小屋の管理人として、事故を未然に防ぐという意味でも書かせていただきたい。
八ヶ岳エリアや南アルプスエリアは、北アルプス等に比べて積雪量が少なく、雪崩が起きにくいと勘違いされている方が多いかもしれない。しかし雪の量は問題ではない。たとえ少ない積雪であっても、積雪が不安定でかつ雪崩が起きやすい地形に人間が進入した場合、高い確率で雪崩は発生する。特にアイスクライミングのルートのほとんどが谷地形に存在するため、雪崩のリスクは極めて高くなる。
甲斐駒ヶ岳の標高が高いエリアに存在するアイスクライミングのルートは、例外なく大きな谷の中にある。その規模は、クライミング適期が同時期である八ヶ岳西面と比べても、ルート全体の規模感や滝の大きさ、そして何よりも隔絶感が桁違いに大きい。そしてルートの最後には、深いときには腰から胸まで没する雪をラッセルしてトップアウトしなければならない。
アイスクライミングというよりも、総合力を求められるアルパインクライミングの世界である。
アルパインクライマーの端くれとして、やはり装備の軽量化は大切であると考える。しかし、ルートによってギアを選ぶように、必要なものは必要なだけ用意しなければならない。そして黄蓮谷のような雪崩のリスクが大きなルートに入る際は、アイスクライミングの装備だけでなく、雪崩対策装備の携行は欠かせないものである。もちろん装備だけあれば安心ではない。これだけ大きな山の懐に入るのであれば、事前の気象情報などもしっかりと把握しておくことも重要だ。そしてルート上では地形や積雪状況にも気を配りながら、できる限りリスクを回避できるルートファインディングが求められる。私はシーズンに数回黄蓮谷でアイスクライミングを行っているが、時には雪崩のリスクが非常に高いラインにトレースが伸びているのを目にする。何も考えずに先行者のトレースを追うような行動は非常に危険である。黄蓮谷のような大きなルートは、ある程度登ってしまうと退却やエスケープがとても難しいことからも、総合的な行動マネジメントが求められる。万が一救助要請をしても、すぐに救助ができない場合が多い。黄蓮谷でのアイスクライミングを考えているクライマーの皆様には、体力やクライミング技術だけでなく、雪崩に対する備えも忘れずに準備をしていただきたい。
そして大きなルートでしか味わえない充実したクライミングを楽しんでいただきたい。