HANG RIGHT PART 3:しつこい指の故障を治す

2017.9.18

ハングボードは、指の腱を強化するトレーニング器具と一般に考えられている。しかしこの連載では、指の故障のリハビリにもハングボードがとてもよいツールであることを解説する。解説は、おなじみ理学療法士のエスター・スミス女史だ。


ダン・ミルスキーに起きたことは、多くのクライマーが経験していることと同じようなことでした。クライミング中に指を痛め、すぐに治るだろうと思っていたところ、慢性的な故障に変化してしまい、なかなか治らなかったのです。フエコタンクスでのボルダリング中に指を怪我した後、テーピングをしたり安静にしたり、そのほかさまざまなケアを試して痛みをなくそうと試みたものの、効果が長続きすることはありませんでした。病院に行くのを彼はためらっていました。「登るのをやめて安静にしてください」と言われるのがオチだろう、と思っていたからです。とは言え、指先の保持力を求められるプロジェクトにトライしたり、トレーニングをしようとするたびに、指の怪我が彼の足を引っ張っていました。

最初の指の怪我から5カ月後、クライミングコーチでありプロアスリートでもあるダンは、サム・イライアスとジョー・キンダーとともに、ブラックダイヤモンド・ブートキャンプのトレーニングに招待されました。2015年のことです。これは3カ月間の過酷なトレーニングプログラムなのですが、このプログラムに真摯に取り組み精神的にも肉体的にも強くなりたいとダンは考えていました。最初の3週間のトレーニングサイクルの直後、ダンはクリニック(グラスルーツ・フィジカル・セラピー)にやってきました。フラストレーションがたまっており、残りのブートキャンプ期間やその後を乗り切るにはどうすればいいのか、暗中模索している状態でした。

トレーニングやクライミングの最中、ダンは自身の能力の衰えを痛切に感じていました。左中指の怪我に加えて、すぐにパンプしてしまうこと、首の左側の痛み、右腕に比べて左腕が明らかに弱っていることを嘆いていました。ダンを診察してみると、訴えているこれらの症状はすべて互いに関連していることが分かりました。「上方」(身体のより上の方。頭に近い側。:訳者注)のインバランスと、指組織の部分的損傷とが作用しあって慢性的な怪我を引き起こし、クライミングの負荷に指が耐えられなくなってしまっていたのです。

ダンのA2靭帯性腱鞘の損傷を治すために必要なことは、安静にすることではありませんでした。これは、彼にとって驚きであり救いでもありました。私が出した答えは、段階的な「ぶら下がり」による治療でした。怪我をしている指に負荷をかけることで、損傷している組織の再構築を促し、その強度を回復させるのです。フィンガーボードは、指の怪我の原因となるトレーニング器具だと考えられがちです。しかし今回は、これをリハビリ用の道具として活用していきたいと思います。指の怪我している部位の治療に加え、ダンの左半身上方部全体の異常を解消する必要もありました。身体の中のどこかのインバランス(バランスの不均衡:訳者注)のせいで、身体の最弱点となる部分が損傷してしまう、というのはよくあることなのです。

Image:
Will Anglin

私の経営するグラスルーツ・フィジカル・セラピーにやって来るクライマーの多くは、ダンと同じような考え方をしています。医師の治療に懐疑的である一方、なかなか治らない怪我にフラストレーションを抱えています。以下で推奨している内容は、『HANG RIGHT』シリーズのPART1PART2の内容に基づいたものであり、典型的な指の怪我のためのリハビリ・ガイドラインとなっています。このガイドラインは、とりわけ、指の屈筋腱と靭帯性腱鞘輪状部の損傷治癒を目的として考えられたものです。手・指の機能を回復させ、損傷している指の組織(靭帯・腱)を再構築し、指に過度の負荷をかける原因となっている上方のゆがみを治すために、どのようなことをすればよいのか、以下でその方法を解説します。

*以下で推奨している内容は、一般的な指屈筋腱と靭帯性腱鞘輪状部の損傷修復をサポートすることを目的として考えられたものです。これに取りかかる前に、医療資格を持つ専門家に診てもらい、正確な診断を受け、自分にとって最適な治療方法を聞くことをお勧めします。まれに、屈筋腱/腱鞘が断裂している場合もあります。その場合は早急に医療処置を施す必要があります。

局所療法:

手の構造は複雑ですが、クライマーに最も多い指の怪我は、簡単に言うと腱や靭帯の損傷です。どこか靭帯性腱鞘が損傷していれば、屈筋腱も損傷している可能性が高いです。両者は似たような成分でできているので、同じような方法で治すことができます。このような損傷を適切な方法で治すためには、怪我の構造を正確に特定することよりも、怪我してからどれくらいの時間が経過したのかを見きわめることの方が、圧倒的に重要です。

まず聞くべきはこのような質問です。「その怪我は過去6週間以内に発生したものですか?それとも、それよりも前に発生したものですか?」この怪我の期間の長短によって、怪我に対する身体の反応は異なってきます。そして治療方法もそれに応じて変えるべきです。受傷してから最初の6週間は、機能を徐々に回復させ、安静にし、炎症を抑えることが重要です(第1段階)。6週間経過後は、損傷している組織を積極的に再構築することが最優先事項となります(第2段階)。

第1段階:グラスルーツ式・指機能回復プログラム

指を怪我してから6週間以内の場合、医療資格を持っている専門家の許可を得たうえで、以下のプログラムに早急に取り組んでください。詳細については、こちらのセルフケア方法について解説したビデオをご参照ください(英語による解説)。

・炎症のコントロール:
クライミングをいったんお休みし、アイシング・圧迫・テーピングを施してください。これによって、損傷箇所をサポートし腫れを抑えることができます。この段階では、出ている症状を見ながら処置方法を判断してください。多くの場合、炎症が引くまで数週間はクライミングを休止して待つ必要があるでしょう。
・腱の滑動:
写真(1)~(4)の順序で、指の各関節を徐々に曲げ伸ばしします。動かせるぎりぎりの範囲まで腱を滑動させてください。これを10回繰り返します。1日あたり3~5セット行ってください。
(1)
(2)
(3)
(4)
・ペン・ローリング:
指の腹と手の平上部でペンを挟むようにして持ちます。ペンを挟む指を1本ずつ入れ替えながら、手の平から引き上げるように転がしていきます。小指、薬指、中指、人差し指、と使う指を順々に入れ替えます。写真(5)~(7)を参照してください。1回1~3分間、1日当たり3~5回行ってください。
(5)
(6)
(7)
・軽めの血液循環マッサージ:
怪我している部分周辺に1~3分間/日。写真(8)を参照してください。
(8)

・無理のない範囲で手を動かすエクササイズ

ライスバケット:
バケットのお米の中に手を入れ、その抵抗を受けながら手首と指をさまざまな方向にやさしく動かします。写真(9)~(11)を参照してください。前腕と手首がまっすぐになる(「中間位(ニュートラルポジション)」とされている状態)よう注意してください。左右の手で30秒ずつ、1~2回/日行います。
(9)
(10)
(11)
ライト・プッティ・グリップ:
写真(12)~(14)のように、さまざまなやり方でプッティ(弾性があり形を自在に変えられるスライム状のセラピー用商品:訳者注)を握ったり引っ張ったりしてください。
(12)
(13)
(14)
タオルギャザー:
手でタオルを集めるようにして握り込んで腱を動かします。手首と前腕がまっすぐになる「中間位」を保ったまま動かしてください。1日に1~5分間行います。写真(15)~(16)を参照ください。
(15)
(16)
  • 1週目以降はイブプロフェン(抗炎症剤)を飲まないようにしてください。これを飲むと腱の再構築を妨げることが知られています。
  • 組織の修復を促進するような栄養素を摂取しましょう。たとえば、アントシアニン(赤、青、紫色の果物や野菜に含まれる)やターメリック、ω-3脂肪酸、そしてボーンブロス(「骨のだし汁」。牛、鶏、豚などの骨と香味野菜を煮込んで取り出したスープのことをいう:訳者注)のようなミネラル豊富な食べ物など。また、この期間は常に十分な量の水分を補給しましょう。
  • 身体の上方部のケアに時間を費やしてください。この方法については後述します。

指の各関節を元の可動域で動かせるようになり、かつ、怪我した指が荷重に耐えられるかどうかテスト(「第2段階:荷重テスト」の項で説明します)するまでは、実際にクライミングをしたり「第2段階:再構築」プロセス(下で説明します)に移行しない方がいいでしょう。クライミングから離れる期間の長さは、怪我の程度によりけりです。第2段階までの間、損傷しているまさにその箇所は圧迫されると痛みを感じるでしょう。しかし、日常生活の動きの中であれば、それがさらに悪化することはありません。受傷から6週間経っても指関節の動きが元に戻らない場合は、関節に根本的な問題があるかもしれませんので、医療資格を持った専門家の診断を受けるべきです。

指の怪我が発生したのが6週間以上前で、かつ、指の各関節が問題なく動く場合、第1段階のエクササイズを行いつつ、第2段階のエクササイズを使って損傷した組織の再構築に取り掛かってください。適度な負荷をかけて刺激することによって、損傷した組織を修復し、新しいコラーゲンを取り入れ腱を強くすることが重要です。第1段階・第2段階の期間に、無理のない程度の負荷で、インドアないしはアウトドアのクライミングを徐々に再開しても構いません。しかし、修復中の箇所を傷つけたり、症状を悪化させたりしないようにすることが肝要です。クライミングするときは「バディテーピング」のようなテーピング方法で指を支えてあげても良いでしょう。ただし、エクササイズ時はテーピングは外してください。

第2段階:グラスルーツ式・指再構築プログラム

荷重テスト:

まずは、第1段階のエクササイズのどれかを使って、10~30分間、軽くウォームアップをしてください。

ウォームアップが終わったら、荷重テストを開始します。自重または自重を減らした状態(減らす方法は後述)で、「正しいぶら下がり方」のフォームで10秒間ぶら下がります。荷重に耐えられるかどうかを見るために、少なくとも指の第1関節より奥までかかるくらいの深さの2本指ポケットがついており、快適にぶら下がれるフィンガーボードを使ってください。怪我をしている指とその隣の指(普通は中指か薬指)の2本でぶら下がりましょう。他の指は折りたたんで邪魔にならないようにします。ただし、写真「2本指ポケットでのぶら下がり」のように、第1関節は伸ばしたままにしてください。このように、ぶら下がって怪我している指に負荷をかけることが、適切な方法だと考えています。というのは、クライミングをしているときに最も近い負荷を腱と靭帯に与えられるからです。また、2本指ポケットでぶら下がれば、怪我をしている指に集中的に負荷を与えることができます。このぶら下がりの強度を上げていくことで、実際のクライミングの高い強度にも耐えられるようになるはずなのです。

2本指ポケットでのぶら下がり

ぶら下がっている間に低程度の症状(圧痛や短い痛み)を引き起こすことが、このエクササイズのねらいです。痛みがあることは必ずしも害悪ではありません。痛みを感じているということは、損傷した組織がわずかに破壊され再構築されていることを意味します。ぶら下がるのをやめてから10分以内にこのような痛みの症状が消え、ぶら下がりのせいで関節の動きが悪くなったり硬くなったりしないよう、注意しながら行ってください。

このエクササイズを自重で行えない場合、ぶら下がりで出た症状が10分以上続く場合、もしくはぶら下がりに指が耐えられない場合は、滑車システムを使うか、小さなフットホールドを付けるか、またはレジスタンスバンドを利用するなどして、自重を減らした状態で行ってください。

滑車システムを利用した、2本指ポケットでのぶら下がり

このときに感じる症状は、ホールドから直接受ける圧迫によるものではなく、指への荷重によって引き起こされるものでなくてはいけません。ホールドを変えたりして、直接的な圧迫によって症状が出ないようにしてください。2本指ポケットでぶら下がっても症状が出ない場合は、別のホールディングを試して、症状反応が出るくらいに荷重を調節した方がよいでしょう。このような場合は、さまざまな持ち方とホールドのパターンを試し、どれが一番自分にとって効果があるかを見きわめてください。

10秒間ぶら下がって2~3分レスト、を3回繰り返します。荷重テスト後、ぶら下がっているときに感じた症状が10分内に解消されること、関節が硬直したり可動域が元に戻らなくなったりしないことを確認してください。これらの基準を満たしていれば、第2段階の再構築プロセスを開始しても大丈夫です。

再構築:

まずは、第1段階のエクササイズのどれかを使って、または(もしくはそれに加えて)痛みが出ない程度の軽めのクライミングをして、10~30分間、軽くウォームアップをしてください。身体が疲れ切っているときは、以下の荷重プログラムは行わないでください。身体がフレッシュなレスト後の状態であることが重要です。そのような状態で荷重プログラムを行えば、損傷した組織に過度のダメージを与えることなく、刺激を与えて修復と再構築を促すことができます。

再構築段階の最初のうちは、上述の「荷重テスト」と同じ重量の荷重で行います。10秒間のぶら下がりを3~5回繰り返し。各ぶら下がりのあいだは2~3分のレスト。これを週に1~3回行ってください。いつもの怪我の症状(圧痛や短い痛み)が出ているうちは、負荷を変えないようにしてください。

最初の荷重では痛みが出なくなったら、2.5~5ポンド(約1.13kg〜2.26kg)ずつ自重に加重していって(自重から重量を減らしていた場合は、自重に戻していって)も大丈夫です。6~8週間かけて徐々に負荷を増やし、自重プラス15~30ポンド(約6.8kg〜13.6kg)まで加重してもOKです。荷重を増やすときは、次のことを守れているかどうか必ず確認してください。ぶら下がるのをやめた後、ぶら下がっている最中に発生した症状が10分以上持続しないこと。関節が硬くなったり可動域が減ったりしていないこと。この重量では症状が出ないと思ったら、1回のセッション内で重量を追加してしまっても構いません。そうでなければ、6~8週間の期間で徐々に重量を増やしていってください。一般的には、損傷した組織を再構築しつつ、怪我の症状が出るようにするためには、1週間ごとに加重が必要になることが多いです。

加重付きの2本指ポケットでのぶら下がり

自重プラス15ポンド(約6.8kg)でぶら下がれるようになったら、違うホールディングでのぶら下がりをプログラムに加えましょう。

もしも、ピンチやクリンプの持ち方をしたときにまだ問題があるようでしたら、これらの持ち方でも同じように再構築プログラムを行うべきです。まずは、それぞれの持ち方で自重でぶら下がったとき、それまでと同じ程度の症状に収まっているかチェックしましょう。収まっていれば、耐えられる範囲内で荷重を増やしていきましょう。同じセッション内に、複数種類の持ち方でのぶら下がり(ピンチの場合はブロック保持)を組み入れても構いません。ウォーミングアップをした後、10秒ぶら下がって2~3分レストを、それぞれの持ち方で3~5セット。週に1~3回行ってください。

2本指ポケットでのぶら下がり
ハーフクリンプでのぶら下がり
ピンチブロック

クライミング中やトレーニング中に痛みが出なくなり、かつ(または)、自重に20~30ポンド(約9kg〜13.6kg)加重した状態での2本指ポケットぶら下がりをしても症状が出なくなったら、このプログラムを終了しても大丈夫です。おめでとうございます。損傷した組織は元通りに修復されたのです。

上方についての留意事項:

プログラムの全体像については、こちらの「健全な手と手首」のビデオをご覧ください。

  • 指や手首、前腕を強化し、関節を動きやすくしたいときは、ライスバケットのエクササイズを行ってみてください。こちらの「ライスバケットのやり方」のビデオを参照してください。
  • 効果的なストレッチやセルフマッサージを行って、指や手首、前腕の筋腱組織を伸ばしゆるめてください。以下のビデオで、「上方」を支える身体システムを改善する方法を説明しています:「健全な肩」「健全な首」「クライマーのためのエクササイズ集」
  • 最初に怪我をしたとき、なぜ指に不適切な負荷がかかってしまったのかを考えましょう。怪我をした指が、身体システム中の弱点になってしまっていたからでしょうか?体幹や肩のコントロールができていないせいで、もしくはフットワークがまずかったせいで、指に過度の負荷がかかっていたのでしょうか?住んでいる地域の理学療法士やムーブメントコーチに相談し、このような負の連鎖や身体のインバランスがあるかどうか診てもらってください。
  • 怪我につながるような筋膜のインバランス(詳細はHANG RIGHTシリーズPART1 / PART2を参照ください)があるかどうか考えましょう。筋膜インバランスの典型的な例は、身体の腹側の筋肉が縮んでかたくなり、背側の筋肉が無理に伸ばされて(長くなって)弱くなっている状態です。良い姿勢でぶら下がるには、腹側と背側の筋肉のバランスがとれていなくてはなりません。しっかり考えられた筋力トレーニングプログラムを実践すれば、理想的な状態を実現することができます。

結論

ダンは感激していました。彼は、BDブートキャンプのトレーニングを進めながら、理学療法プログラムをちゃんとこなし、A2靭帯性腱鞘と屈筋腱を完全に治すことができました。数週間かけて再構築エクササイズを徐々に進めていくうちに、彼の指の慢性的な圧痛は解消されていきました。完全に回復しただけでなく、ダンは自分自身をより深く理解し、身体全体のバランスを整えることで個々のパーツが適切に機能するということに気づきました。身体の弱点となっている箇所の怪我を引き起こすインバランスに対処することで、よりスマートにトレーニングを行い、よりハードに登れるようになるのです。集中的にトレーニングとリハビリを行ったことで、ダンは怪我を治すことができただけでなく、総合的な体力と回復力を向上させることができました。自分の体と回復力への自信を新たにしました。彼は、ケガをすることなく、これまでにないほど自分を追い込むことができるでしょう。

急性ないしは慢性的な指の怪我の原因のほとんどは、指が身体システム中の弱点になってしまっているからです。特定の指が弱いからではありません。上方をサポートするシステムを強化することで、指を健康な状態に保つことができます。全体的な視点で怪我を捉え、回復・再構築するために身体が必要としているものにフォーカスすることができれば、アクティブに修復プロセスを行い、治療を行いながらクライミングやトレーニングを継続することができるのです。

-- 文:エスター・スミス; 写真:アンディ・アール


エスター・スミス(DPT、Cert. MDT、NTP)は理学療法士。クライマーであり、ユタ州ソルトレークシティーにあるGrassroots Physical Therapy(グラスルーツ・フィジカル・セラピー)の経営者でもある。selftreatment.com(セルフトリートメント・ドットコム)という通販サイトも運営している。彼女はBDプロクライミングチームやその他のクライミングアンバサダーたちの専属理学療法士である。

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